2005年2月アーカイブ

riki1.jpg
(リキ 15歳のころ)

この写真は私が小学校5年生になる頃に
父に買ってもらった犬ちゃんです。
彼の名前は「リキ」。
なんとこのいかにも「雑種」と見受けられるこの犬を
ペットショップで「柴犬子犬」と書いてある檻の中から
数匹いる中、一匹だけ顔の黒かった彼を
姉と私が気に入り家族の一員に…。
まったく顔の黒いこの犬のどこが「柴犬」だというのか…?
知識がないというのは本当にすごい事です。
でもこの「柴犬」とジャンル分けされていて
どう見ても柴犬じゃない彼が
18年も私たちの家族として家を守ってくれました。

彼は柴犬としてはあるまじき大きさにみるみる成長。
強く男らしい風貌は、散歩中すれ違う方に
「シェパード?」「秋田犬?」
など、おっかない大型犬に見えたようです。
「恐い〜」と小さい子には恐れられていました。

恐い風貌とはうらはらにわりと気が小さい。
神経質で繊細で慎重だけど
なぜか大きな犬にはかかっていく闘志がある。
苦手なものは子犬と子供、橋をわたる事。
おそらくA型。

犬は家族に順位をつける、と耳にしたことがありますが
リキの中での家族の順位付けとしては
(リキ的コメント付き)

1位→母 (ご飯くれるしやっぱりママしてくれるから)
2位→姉 (恐いから)
3位→父 (一家の大黒柱と認識)
4位→祖母(ご飯くれるけどボクのことはどうでもいいみたい)
5位→祖父(気が合わない、でもいやいやでも散歩してくれる)
6位→私 (こいつは一家で1番年下、とにかくボクのほうが偉い)

といったところだったと思います。
彼が若くてどうにも止まらなかったころ
彼は私を妹かなにかだと思っていたような感じでした。

しかしリキが13歳を過ぎたころ、、、
性格が本当に本当に変わりました。
若い頃の彼は素直じゃなくて愛想もあまりない、
といった感じの犬らしくない犬だったのですが
老犬になって本当に丸くなりました。
真っ黒だった顔も白い毛が増え、
妹扱いだった私にも甘えてきたり…、
本当に年をとると性格が変わるものなのですね…。

リキの最後は母と祖母と私の3人で見送りました。
本当に本当に辛くて辛くてたまらない日々が続きました。
でも時が経ち、
「先に天国に行っていた祖父と天国で
気が合わないながらも2人で散歩してるかな…、」
なんて思えるようになりました。
リキ以外の犬が飼いたいなんて本当に思えなかった。

散歩が面倒くさい、とか思われつつも
彼はなんだかんだいっていつも家族の中心にいて、
来る日も来る日も玄関の横で
しっかりと家を守ってくれていました。
出掛ける時に「リキ〜」と声をかけ
帰って来た時に「リキ〜」と声をかけることが日常。
声をかけるとかならず「ぬっ」と顔を見せてくれて
気持ちを和ませてくれたのものでした。

リキが死んでしまってしばらく経ち、
私の気持ちも落ち着いて来た頃から
街行く犬や猫が
かわいくてたまらなくなるようになりました。
もともと動物は好きなほうでしたが
リキのおかげでもっともっとかわいいなぁ、
と思えるようになったみたいです。

リキはいい犬ちゃんだったな。
もっといっぱいゆっくりお散歩してあげればよかった。
早く散歩を終わらせてしまったりしてごめんねぇ〜。


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hawaii1.jpg
(サーフィン写真じゃないけど…とりあえず海の写真があったので…)

ライブは波乗りに似ている。
一本として同じ波は来ない。

ミュージシャンでサーフィンをされている方のインタビュー記事に
こんなことが書かれていたのを読んで
なるほど、と思ったことがありました。

今夜も赤坂グラフィティでライブがありましたが
まさにそんな状態。

私たちはデュオなので
もちろん2人がお互いに真剣に取り組み
その波にいいバランスで乗れた時に
楽しめる、という気持ちになれる。

しかし2人で波乗りをする、という以前に
自分の中にも波が起きていて(私はいつも大波なのよ〜)
自分自身の波をまずは制していないと
2人でいい波になんか絶対乗れっこない。
ものすごい覚悟と集中力がないと
いつまでたっても波に乗れる楽しさを味わえない。

極たまにもの凄い大波に乗れたりすることがある。
そんな喜びがあるから…私にとって音楽は最高なのです。

大寺おやびんがよく私に言います、
「練習の成果をライブで出すと言うことは本当に難しい事」と。
そうそう、ライブはいろいろな波がいろいろな状況から発生するので
練習で出来たからと言ってライブではなかなか成功できないのですよね。

でも昔はこんな事、考えもしなかった…。
ただ、
ライブー!楽しいー!イェーイ!
てな勢いとかしかなかったような気がします。
(それはそれで若さの勢いでいい!という話もありますが)
やればやるほど空の高さ知り、井の中の蛙状態。
でもそのくらい突っ込んでやらなければいけないのだ!(もう若くないし)
と気がついたのがTMaMをスタートしてすぐの時期でした。
音楽は果てしない、ということを
身を以て勉強させていただいています。(進行形)

今日はライブを終えて特にこんな事を思った夜でした。
今夜は大波でした。
でも私は「辛い事があっての楽しさ」が好きです。
音楽はやめられまへんがな…。

あ、私はサーフィン出来ません。
「足にお砂がついちゃうからやだ…」とか言ってたらしい子供時代、
…まず無理ですね。
もっぱら眺める派。
海は大好きです。


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sis3.jpg
(まだこの頃は私のほうが背が低い/大宮氷川神社にて)

私には現在アメリカに住む3つ年の離れた姉がいます。
今は2児の母となり家庭と仕事とサーフィンに生きる
パワフルな人生を送っていますが
若い頃の姉はかなりファンキーなおねーちゃんでした。

姉のファンキーさ加減についたあだ名の数知れず。

小学生の頃の姉は
クラスメートの男の子に「たこ」と呼ばれ
妹の私はなぜか「たこ」の妹ということで
「いか」と呼ばれました。
でも姉を「たこ」と呼んでいた男の子は
姉に「さる」と呼ばれていたので、
まぁいい関係だったのだと思います。

そりゃぁ、もぉ、姉妹喧嘩ときたらすさまじいものでした。
普通の姉妹って喧嘩とかするのでしょうか?
それこそ血を見る勢いで
毎日のように喧嘩していた時期もありました。
おそらくは相当くだらないことで…。
でも喧嘩するのになんかいつも一緒にいたのですよね…。

姉は二十歳で渡米し、
高校生だった私は初めて姉の偉大さに気がつきました。
進路に悩み、恋に悩み、思春期特有の反抗期、
いつも喧嘩しつつも姉が力になってくれていたんだ、
と遠く離れて気がついたのです。
無くしてしまったものがやかんだったら、
なんとか新しいやかんを買ってこれるけど、
姉は買ってこれない。
その時が、姉という頼れるファンキーねーちゃんからの
一人立ちの瞬間だったのかもしれない。

それからというもの
姉との喧嘩は私の記憶では一度だけです。
今、何と戦っているか…、何を大切に生きているか…、
一番わかりあえている年の近い同性がいると思うと心強い。

離れていてもやっぱり姉は頼れるのでR。
私は一生妹なのでR。
それでいいのでR。

しかしあの頃…、
胸ぐらをつかむほどの姉妹喧嘩を仲裁する母親の気持ちを考えると
大変申し訳ない限りでR。
くーーーーーっ、ごめんなさーーーーいっ。




kettle.jpg

約6年程使っていたやかんが壊れちゃいました…。
取っ手のプラスチックの部分がふとストーブから落ちてしまったら
割れてしまった…、寿命だったのかな。

とりあえずやかんの代わりに1番なりそうなミルクパンを代用。
だけどお湯を沸かし、コーヒーを飲む為にお湯を注いでみると
あたり一面お湯をまき散らしてしまう…。
あぁ…、無くしてみて初めてわかるやかんの有り難味。

ミルクパンでうまくコーヒーを注ぐコツを覚えるよりも
やっぱり新しいやかんを買ってしまったほうが早そう…。

ということでやかん買いにお店へ行きました。
たくさんあるやかんの中で1番欲しかったやかんは
なんと1万円!
生活に見合わず、残念、却下。
オレンジ色で、これならかわいいな〜、と思ったやかんは
アルミ製。
確かアルミはアルツハイマーになりやすいと聞いた…、
これ以上おバカになっても困る、残念、却下。
ステンレス製で1番デザインがよかったのが
写真のやかん。
なんとしかもそのお店にあったやかんの中で1番の安価!
すばらCーッ!
しかも今度のやかんは、ピーッ、ってお知らせしてくれるー。
すばらCーッ!すばらCーッ!

今夜はやかんでお湯をわかしてコーヒーが飲める!
くーっ、なんかこんな事でもかなり嬉しいぞッ。
やかんを考えた人ってスゴイ。

やかんのお話はさておき
明日は新宿marbleでの初ライブです。
たくさんバンドが出ますのでお楽しみいただけると思います。
どうぞよろしくお願いいたします!

最後に回文思いついちゃったので書かせてください。(全然本文と関係ないけど)

あり得ない地帯
『あり得んエリア』




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